続・泥流地帯 (新潮文庫)
三浦 綾子
三浦綾子は旭川出身。
彼女の作品はとても好きだ。そんな彼女の作品をここ旭川で読む。
「自分の命より大切なものを持つことの強さ」
三浦綾子の作品から共通して感じるメッセージだ。
そしてこの作品もそう。
先日の東日本大震災ともラップして涙がとまらなかった。
(描写がかなりリアルなので被災者のひとにはまだ薦められないかも。もうすこし時間が経てばものすごいパワーを与えてくれるはずと思う。)
まじめに生きたからといって報われるわけじゃない。
それでも信念をつらぬいて生きていくことは美しいのだ。
それがひとの心を動かすのだ。
それが家族でも、友人でも、愛する人でも、宗教でも、仕事であってもいい。
自分を勘定にいれずに生きていける人は何よりも強い。
自分は兄・拓一のようには生きられないけれど、少しでもそうありたいと思って生きていたい。
「大変だからと言って投げ出せば、そりゃ簡単だ。しかしなあ俺は思うんだ。大変だからこそ、いや、大変な時にこそ持ちこたえる馬鹿がいないと、この世は発展しないんじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺はその馬鹿になるよ。馬鹿になるんだ。な、耕作」
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「俺はいつも思うんだ。生きてるくせに文句を言うなとな」
「生きてるくせに文句を言うな?」
「うん。あの時死んだ人たちは、みんなそう言うだろうと思ってな」
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「三年経って、もし実らないとわかったら、その時は俺もあきらめる。すると人は言うだろう。その三年の苦労は水の泡だったってな」
「そりゃあそう言うさ」
「しかし、俺はね。自分の人生に、何の報いもない難儀な三年間を持つということはね、これは大した宝かも知れんと思っている」
「宝?」
「うん、宝だ。たとい米一粒実らなくてもな。それを覚悟の上で苦労する。これは誰も俺から奪えない宝なんだよ。わかるか、国ちゃん」
「・・・・・・」
「実りのある苦労なら誰でもするさ。しかし、まったく何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。自分の人生に、そんな三年間があったって、いいじゃないか。俺はね、はじめからそう思っているんだ」
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