きょうは大掃除。
小さいながらも一軒家なので今まで見て見ぬ振りをしていたところもすっきりきれいになっていい気持ちでテレビをつけながら年賀状を書いていた。
そしたらものすごい「音」が画面の中で。
「音遊びの会」
主催するミュージシャンのコメントにものすごく共感するとともにこの「音」に魂を揺すぶられた。
音楽は言葉より前か、あるいは同時に発生した。
そこには自分が何者であるか、相手に何を求めているかといったコミュニケーションの要素が含まれている。
それとともに「音」をつむぎ合わせることでその空間と他者とを共有していくものであった。
障害を持つものと同等になることとの闘いであるという姿勢がもたらす豊かさ。
「音遊びの会はこのままでいい。だって、もう最高なんだから。でも、これを見た誰かがきっと新しい扉を開くことになると思う。」
音楽が生まれるその世界。
それは障害者の音では決してない。
自らの音を表現し、共有すること。
その扉はきっとずっと開かれているのだと思う。
それを音遊びの会が教えてくれているのかもしれない。



0 コメント:
コメントを投稿