年寄りばっかのメンバーと酒を飲みながら昔の話題に花が咲く。
さて、職場のある町からは大雪山から十勝岳連峰までを見渡すことができ、写真の町とかで売り出したりしていて町は大人気でシャレたカフェや雑貨屋が続々オープンしている人気の町。
しかし、地元の人間は山にはあまり関心がなく「いや~今日は山がきれいに見えますね~」などと話しかけても「ん?あぁ、そーだな。」くらいの反応。
最高のロケーションに位置する家も山に背を向けたような間取りになっていることがほとんどで、旭岳くらいはしっていてもそれ以外の山の名前はまったく知らない人が大勢。
それは隣の谷のこの集落でも基本は同じ。
おしゃれなお店など皆無で、人は減る一方。
おまけに十勝岳連峰は見えない。だけど谷の間にそびえる大雪山の眺めは最高だと俺は思っている。
で、忘年会で「ぼくはここが好きですよ。ここから見える大雪山が一番美しいと思います」と言ったところ彼らが思いのほかに山を愛していたことがわかった。
「どこどこから見る山が一番きれいだ」、「いや、あそこもいいぞ。」、「ともかくココはいいとこだなぁ」と。
70歳くらいがこの感情をもっているかどうかのボーダー。
でも、気づいていないだけでココで生まれ育った人間の心には山があるのだ。
岩に立つ (講談社文庫)
三浦 綾子
『・・・入った所がこの旭川の目と鼻の先の米飯でした。米飯に開拓農家に入ったわけですよ。ご存知のとおり米飯は、大雪山がすぐ目の前にある山間の村でしてね。晴れた日にゃ、いやでも大雪山が目に入る。真っ白に雪を冠った頃の大雪山ときたら、もう気高いってぇ言うのか、荘厳ってえ言うのか、あっしの口なんぞじゃ、到底表現できるもんじゃありません。とにかくあの大雪山を、餓鬼の頃でも、心打たれてじっと眺めていたもんでした。』
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