2013/12/31

WILTY 2013



2013年が終わる。

北海道3年目。

今年はなんと言っても田舎に引っ越したこと。

家の修理や畑もやった。近所づきあいも多くなった。

仕事も体ができてきたし、造材も本格的に始まったこともあり、まぁ「林業やってます」と言えるようにはなったかなと思ってる。

大雪・十勝連峰の全縦走も踏破し、テレマークも本格的に始め、BCにも少しづつ進みだした。

計画通りといえば計画通りの3年目だった。

いろいろ勉強になったし、達成感もそれなりにある。

だけど、山を近くに感じられるようになったかというと答えはNOだ。

毎日仕事で山に入り、休日も山に行き、家も山に囲まれている。

でも、山が当たり前の存在になり、仕事に追われ、新たな発見は少なかったように思う。

なんというか、この1年は“雑”であったようにも思われる。

それは自分の性根なのかもしれない。

やりたくない仕事のせいにして。

忙しい生活のせいにして。

孤独のせいにして。

そのすべてが自分の中から生じていることに気づきながらも目をそらして。


変わりたい自分。変わりたくない自分。変えたい自分。変わらない自分。

そのすべてを受けとめて、自分で答えを出して、ぼろぼろになっても生きていく。

ひとつひとつを丁寧に。いっこずつ。生きていく。

ありがとう2013年。

2013/12/30

音遊び

きょうは大掃除。

小さいながらも一軒家なので今まで見て見ぬ振りをしていたところもすっきりきれいになっていい気持ちでテレビをつけながら年賀状を書いていた。

そしたらものすごい「音」が画面の中で。

「音遊びの会」

主催するミュージシャンのコメントにものすごく共感するとともにこの「音」に魂を揺すぶられた。

音楽は言葉より前か、あるいは同時に発生した。

そこには自分が何者であるか、相手に何を求めているかといったコミュニケーションの要素が含まれている。
それとともに「音」をつむぎ合わせることでその空間と他者とを共有していくものであった。

障害を持つものと同等になることとの闘いであるという姿勢がもたらす豊かさ。

「音遊びの会はこのままでいい。だって、もう最高なんだから。でも、これを見た誰かがきっと新しい扉を開くことになると思う。」

音楽が生まれるその世界。

それは障害者の音では決してない。

自らの音を表現し、共有すること。

その扉はきっとずっと開かれているのだと思う。

それを音遊びの会が教えてくれているのかもしれない。








2013/12/26

伐倒とスキー

新人さんを連れての枝打ちがひと区切りついて今年も造材が始まった。

今年はひとりで山子。

太い樹も、難しい樹も自分しかいないからやるしかない。

2年目になったからといって飛躍的に上達するわけはないのだけれど心に余裕があるというのか。

落ち着いて樹を見てチェーンソーを動かすことができている。


重心方向の見極めが苦手だったけれど下川の友人のアドバイス

『自分の軸を感じろ』

で、少しづつわかってきた気がする。

まだまだヘタクソなんだけど、失敗の理由が明確にわかるから1本一本課題を持って取り組むことができている。

それはスキーも同じ。


今まで自分は平らな家で、平らなグラウンドで、平らな田んぼの畦で遊んできた。

平らな場所では自分の軸を感じる必要性がなかった。

そうやって30年以上生きてきたわけで、なかなか大変。

運動神経が良いとはいえない自分はやっぱり、頭で考えて、体を動かし、その動作を頭で考えなくても動くまでひたすら反復しかない。

何事もいっこずつ。とめどなく。



2013/12/15

開幕

なかなか雪が積もらずふもとのスキー場はオープンの延期が続いてきた。

おかげでワックス3回重ね塗りした板でいよいよ今シーズン最初の滑り@ぴっぷ。

最初はきれいに圧雪された広いぴっぷのゲレンデで足慣らし。と思って行ってみたけど雪不足で圧雪されていない。
そこに一気に積もったやや重めの雪で足パンパン。

だけど、去年には感じられなかった感触を得ることができた(?)

さぁ、今年はどんなシーズンになるかな~。



庭の畑はすっかり雪に包まれたけれど、

今夜はこいつをすりおろしてナベにぶち込んでいただく。

むふふ。

2013/12/08

忘年会@町内会 『岩に立つ』より

所属する町内会の今年度最初で最後の行事、忘年会に出席。

年寄りばっかのメンバーと酒を飲みながら昔の話題に花が咲く。

さて、職場のある町からは大雪山から十勝岳連峰までを見渡すことができ、写真の町とかで売り出したりしていて町は大人気でシャレたカフェや雑貨屋が続々オープンしている人気の町。

しかし、地元の人間は山にはあまり関心がなく「いや~今日は山がきれいに見えますね~」などと話しかけても「ん?あぁ、そーだな。」くらいの反応。

最高のロケーションに位置する家も山に背を向けたような間取りになっていることがほとんどで、旭岳くらいはしっていてもそれ以外の山の名前はまったく知らない人が大勢。

それは隣の谷のこの集落でも基本は同じ。

おしゃれなお店など皆無で、人は減る一方。
おまけに十勝岳連峰は見えない。だけど谷の間にそびえる大雪山の眺めは最高だと俺は思っている。

で、忘年会で「ぼくはここが好きですよ。ここから見える大雪山が一番美しいと思います」と言ったところ彼らが思いのほかに山を愛していたことがわかった。

「どこどこから見る山が一番きれいだ」、「いや、あそこもいいぞ。」、「ともかくココはいいとこだなぁ」と。

70歳くらいがこの感情をもっているかどうかのボーダー。
でも、気づいていないだけでココで生まれ育った人間の心には山があるのだ。



岩に立つ (講談社文庫)
三浦 綾子
4061833561

・・・入った所がこの旭川の目と鼻の先の米飯でした。米飯に開拓農家に入ったわけですよ。ご存知のとおり米飯は、大雪山がすぐ目の前にある山間の村でしてね。晴れた日にゃ、いやでも大雪山が目に入る。真っ白に雪を冠った頃の大雪山ときたら、もう気高いってぇ言うのか、荘厳ってえ言うのか、あっしの口なんぞじゃ、到底表現できるもんじゃありません。とにかくあの大雪山を、餓鬼の頃でも、心打たれてじっと眺めていたもんでした。

2013/12/01

NFM2013.12

前回から8ヶ月かかりようやく開催されたNFMの「銘木市に出してみよう」企画の第2弾。

今回は下川のTNBくんの家に前泊させてもらった。

TNBくんと一緒に集合場所に行くとものすごい数の人が。

国、道、市町村、大学、民間、組合、材木屋、木工屋・・・。

やっぱ盛り上がってるな~NFM。


で、銘木市に出してみようで始まったこの企画だけれど少し変わって「広葉樹材を正しく評価しよう」ということになっていた。

「銘木 or パルプ」 の択一ではなく需要に合った適正な価格で流通させようじゃないかという趣旨。

そこで今回はどういう採材をすべきかをその道のプロに指導していただいた。

素直に驚いた。

やはりどこの世界にも職人がいてその技術や知識は一朝一夕に身につけることなどはできやしない。

山側の人間がそれをやるのではなく川下の人間を山側にどうつなげていくかという流通経路の再構築が求められる。


広葉樹は時として目が飛び出るほどの値段がつくこともあるわけで、そんな経験を一度でも味わってしまうと今までの地道な人工林施行がなんとも悲しくなってしまうというのも無理もない。

地域の木材がものすごい高く売れたとしたらその話はあっという間に広がって「オラのところのも伐ってくれ」とみなが言い出さないとも限らない。
それにより材価の下落を引き起こしたり資源の消失を招くことになりやしないか?

そのあたりは中川町も注意深く計画を立ててはいるけれど危うさは否めない。
(当のNFM執行部のメンバーも目が$マークになった瞬間を俺は見逃さなかった)

やはり「パルプよりは高く売れる」あたりに落としどころを持っていかないとダメなんじゃないかなと思う。
(バイオマス利用以外でね。バイオマスが高く売れるようになったらそれはそれで問題だ。)

いずれにしても、これだけの人が集まってあーだこーだ言って学びあう機会を提供してくれたNFMに感謝!